大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成4年(ワ)22500号 判決

東京都千代田区丸の内二丁目六番三号

原告

三菱商事株式会社

右代表者代表取締役

槙原稔

東京都千代田区丸の内二丁目四番一号

原告

三菱地所株式会社

右代表者代表取締役

髙木丈太郎

東京都千代田区丸の内二丁目五番二号

原告

三菱化成株式会社

右代表者代表取締役

古川昌彦

東京都中央区日本橋本町三丁目三番六号

原告

三菱建設株式会社

右代表者代表取締役

浅山五生

東京都千代田区大手町一丁目五番一号

原告

三菱マテリアル株式会社

右代表者代表取締役

藤村正哉

右訴訟代理人弁護士

大場正成

鈴木修

大野聖二

東京都杉並区久我山五丁目五番一八号

被告

三菱農林株式会社

右代表者代表取締役

山中重直

右訴訟代理人弁護士

紺野稔

秋田徹

主文

一  被告は、その営業上の施設又は活動に「三菱農林株式会社」、「株式会社三菱農林」又は「三菱農林」という商号又は標章を使用してはならない。

二  被告は、商号「三菱農林株式会社」の抹消登記手続をせよ。

三  被告は、その看板、パンフレットやチラシ等の宣伝広告物、ゴム印、封筒等の取引書類その他の営業表示物件及び営業施設の窓ガラス、入口用自動扉、ドアにおける第一項掲記の表示を抹消せよ。

四  訴訟費用は、被告の負担とする。

五  この判決は、第一項、第三項、第四項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告ら

主文同旨。

二  被告

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  請求原因

一  原告らの営業表示及びその周知性

1  原告らは、いずれもその社名中に「三菱」という文字を含む株式会社である。

2  右の「三菱」の名称は、もともと三菱の事業の創業者である岩崎彌太郎が、最初の事業である海運事業において、明治六年にそれまでの社名である「九十九商会」を「三菱商会」と変更し、「三菱」の名称を社名に取り入れたのが始まりである。岩崎はその後社名を、明治七年に三菱蒸汽船会社、明治八年に郵船汽船三菱会社等と変更したが、岩崎の後継者は、海運以外の分野でも三菱の名称を含んだ会社を多数設立して石炭業、造船業、製紙業、銀行業等を展開し、これら企業は、いわゆる三菱財閥として日本の産業界に地位を占めるに至った。第二次世界大戦後、いわゆる財閥解体により財閥としての三菱はなくなったが、やがて原告らを含む三菱財閥から発祥した幾多の会社は、会社の出生と経営理念を共通にする相互に対等の独立した会社間の連帯関係としての連帯を強め、三菱の名称を社名に用い、いわゆる三菱グループとして、その存在を表示するに至っている。

3  そして原告らの「三菱商事株式会社」、「三菱地所株式会社」、「三菱化成株式会社」、「三菱建設株式会社」、「三菱マテリアル株式会社」などの商号のように、「三菱」という名称を含む商号、営業表示を使用する会社は、三菱鉛筆のようなごく例外的な事例を除けば、いずれも右に述べたような出自と連帯関係を有する三菱系、三菱グループの会社であることは我が国において広く知られているので、「三菱」という名称を含む原告らの営業表示は、原告ら三菱系企業、三菱グループを表示するものとして、今日、日本全国において周知性を取得している。

二  被告の商号及び営業表示

1  被告は、旧商号を株式会社カルチャーピースコーポレーションと称していたが、平成四年三月一七日、当時の株式会社三菱農林(以下、「旧三菱農林」という。)を吸収合併し、これと同時に商号を株式会社三菱農林に変更し、更に、平成四年九月一二日、商号を株式会社三菱農林から、現商号の三菱農林株式会社に変更し、同日本店所在地を肩書住所地に変更し、同年九月二四日、東京法務局杉並出張所で本店移転の登記がされた。被告は、右商号の外「株式会社三菱農林」又は「三菱農林」という標章を、自らの営業活動ないし営業施設を示す表示として、看板、パンフレットやチラシ等の宣伝広告物、ゴム印、封筒等の取引書類その他の営業表示物件及び営業施設の窓ガラス、入口用自動扉、ドアに付するなどして使用して、営業活動を行っている。

2  なお、旧三菱農林は、昭和四六年五月七日、協同物産株式会社として設立され、その後商号変更を重ねて、昭和六二年二月、株式会社三菱農林に商号変更し、同時に、本店を東京都千代田区丸の内二丁目六番二号に移転したものであるが、右本店所在地は原告三菱地所所有の丸の内八重州ビルの所在地で、三菱系の会社が大部分使用しており、この付近には三菱系の会社の本社が多く置かれている場所であるが、現実には、株式会社三菱農林なる会社の事務所がここに存在したことはなかった。

三  営業表示の類似、営業活動等の混同、原告らの営業上の利益を害されるおそれ

「三菱」という名称が三菱系各社のグループを示す標章として周知であることに照らすと、被告の商号である「三菱農林株式会社」、営業表示である「株式会社三菱農林」又は「三菱農林」は、いずれも原告ら三菱グループに属する企業の商号と類似するものである。

そして、被告が右商号ないし右営業表示を使用することにより、被告と原告ら三菱グループに属する企業との間に何らかの関係があるのではないかと思わせる混同、即ち、被告もまた三菱系の会社の一社であるか又は少なくともこれと密接な関係を有する会社であるかのような誤認混同を生じさせるおそれがある(広義の混同)。

仮にそうでないとしても被告の営業内容と原告らの営業内容はそれぞれ重複する部分があるので、右それぞれ重複する営業活動において混同が生じるおそれがある(狭義の混同)。

その結果、原告ら三菱グループに属する企業主体は、被告の営業活動により経済的利益を害される危険がある。

四  よって原告らは、被告に対し、不正競争防止法一条一項二号に基づき、請求の趣旨記載の判決を求める。

第三  請求原因に対する認否及び被告の主張

一  請求原因一1は認める。

同2は知らない。

同3は否認する。原告らは三菱という文字使用について、そのグループ内における組織的管理、集団的認識の形成をしておらず、団体標章としての保護を受ける要件を欠いている。

また原告らは、三菱の名称を冠した会社はいずれも三菱系の会社であることは我が国においてのみならず諸外国においても広く知られていると主張するが、三菱鉛筆がいわゆる三菱グループに属しない会社として存在し、他にも三菱文具株式会社等、三菱グループに属しない会社で三菱の名称を使用している会社が存在している。

もともと三菱なる言葉は、家紋の種類のうち、三つの菱をそのマークとする家紋を表すもので、このほか四菱、唐花菱もあれば、菱紋もあるのであり、三菱とは、三つの菱という意味の単なる一般名称に過ぎない。

「三菱」が一定の価値ある名称として、特定の法的主体の名称として周知されているのであれば格別、現在かかる実体を有する団体あるいは法的主体は存在しない。系列的な一つの団体が存するのだという主張は、公正取引及び私的独占禁止の我が国の法制下で財閥の復活を意図するものとなり、団体性を殊更に強調することは、不当な私的独占を肯認するに等しく、その実体が法的主体として認められないのに、これに保護を与えることは公序良俗に反するものである。

二  請求原因二は認める。

三  請求原因三は否認する。

四  請求原因四は争う。

第五  証拠関係

証拠関係は本件記録中の証拠に関する目録記載のとおりである。

理由

一  請求原因一のうち、1は当事者間に争いがない。

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一号証及び甲第一五号証並びに弁論の全趣旨によれば、明治維新後、岩崎彌太郎とその後継者が主導する岩崎家は、海運事業をはじめに、石炭業、造船業、製紙業、銀行業等の事業を多角的に展開し、三菱の名称を含んだ会社を多数設立し、これらの会社は我が国の産業のほとんどの分野で重要な地位を占めていたこと、第二次大戦後、連合軍の命令により三菱財閥は解体されたが、平和条約締結後、かつて三菱財閥に属していた各企業は、相互に対等の独立した会社としての連帯関係を強め、昭和二九年には右各企業の社長の会合である「金曜会」が発足するなどして、岩崎家の主導していた三菱から発生したという共通の出生の由来と共通の経営理念を持つ新しい企業グループが形成され、この三菱グループに属する各企業の多くは、三菱の名称を商号の一部に用いていること、三菱グループに属する各企業がそれぞれの事業分野において一流企業と社会的に評価されていること、今日では、三菱鉛筆株式会社等例外的なものを除けば、原告らの商号である三菱商事株式会社、三菱地所株式会社、三菱化成株式会社、三菱建設株式会社、三菱マテリアル株式会社など、「三菱」の文字を含む営業表示は、これを使用する企業が右にみたような戦前からの歴史的な由来を有し、また各事業分野における一流企業によって構成される三菱グループに属する企業であることを示す表示として、日本国内において著名な表示であること、以上の事実が認められる。

以上の認定に反する被告の主張は、いずれも右に照らし採用できない。

二  請求原因二は、当事者間に争いがない。

三  右一に認定したように、「三菱」という文字を含む営業表示が今日三菱グループに属する企業の一員であることを示す表示として著名であること、被告の商号及び被告使用の各営業表示中の「農林」の部分は、単に営業内容を示すもので識別力は弱く、また「株式会社」の部分は、会社の種類を示すものとして識別力に欠けることに照らすと、被告の商号「三菱農林株式会社」、被告が使用している「株式会社三菱農林」又は「三菱農林」の営業表示は、いずれも原告ら三菱グループに属する企業の商号と「三菱」という文字を含む点は共通であり、しかも「三菱」の次に「農林」という事業分野を示す語を付する点において、原告ら三菱グループに属する企業の商号と類似するものであり、被告が右商号又は各営業表示を使用することにより、被告もまた三菱系の会社の一社であるか又は少なくともこれと密接な関係を有する会社であるかのような誤認混同を取引者及び社会一般に生じさせるおそれがあると認められ、これにより原告ら三菱グループに属する企業主体は、被告の営業活動により経済的利益を害される危険があるものと推認される。

四  よって原告らの本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を、仮執行宣言について同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西田美昭 裁判官 大須賀滋 裁判官 櫻林正己)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例